「気がついたら、推し活を始めて12年が経っていました。」そう書くと、なんだか長いようで短いようで、不思議な感覚です。T-ARAの楽曲を聴き始めたのは2012年、ちょうど「Roly-Poly」や「Lovey-Dovey」が日本でも話題になり始めた頃でした。あの頃はまだ大学生で、毎日のように動画サイトで韓国の音楽番組を漁っては、彼女たちのダンスのキレに心を奪われていました。
でも、最近ふと気づいたんです。私にとってT-ARAの曲は、単なる“好きなアーティストの音楽”ではなくなっている。いつの間にか、その曲に“家族の記憶”が重なってしまっているんです。今回は、そんな12年間の推し活の中で見えてきた、音楽と家族の不思議な関係について書いてみたいと思います。
なぜT-ARAの楽曲に「家族」を感じるのか
正直、最初は自分でも不思議でした。T-ARAの楽曲は、恋愛や別れをテーマにしたものが多いし、家族を歌った曲なんてほとんどありません。それなのに、なぜ「家族」の記憶が重なるのか。考えてみると、それは彼女たちの音楽が“日常のBGM”として、家族と過ごす時間に深く溶け込んでいたからなんです。
車の中の「T-ARAタイム」が始まった日
思い出すのは、実家に帰省するたびに父が運転する車の中です。最初は私が一人でイヤホンで聴いていたT-ARAの曲を、ある日「なんか明るい曲だな、それ何?」と父が聞いてきたんです。それからというもの、車の中ではいつもT-ARAが流れるようになりました。父は特に「Bo Peep Bo Peep」のノリノリなリズムが好きで、ハンドルを叩きながら口ずさむようになったんです。
母はというと、最初は「また韓国語か」と苦笑いしていましたが、いつしか「これはどの曲?」と質問するようになり、今では「Day by Day」の切ないメロディを「この曲は本当にいいね」と褒めるまでになりました。気づけば、家族のドライブの定番は、J-POPでも演歌でもなく、T-ARAになっていたんです。
楽曲が「思い出のスイッチ」になる瞬間
音楽って不思議で、特定の曲を聴くと、その曲が流れていた時代の風景や感情が一気によみがえってきます。私にとって「Roly-Poly」は、初めて家族で韓国旅行に行ったときの記憶と直結しています。あの旅行で、父が「せっかくだからT-ARAのグッズでも買ってやるか」と言って、ソウルのショップでCDを買ってくれたんです。母は「またこういうの買って」と呆れながらも、結局一番にCDを開けて中身を確認していました。
そういう小さなエピソードの積み重ねが、T-ARAの楽曲を“ただの推しの音楽”から“家族の記憶の一部”に変えていったんだと思います。今では「Sugar Free」を聴くと、弟が「この曲、家で何回も流れてたよな」と笑いながら言うんです。彼はT-ARAのファンではないのに、彼女たちの曲を“実家の音”として認識しているようです。
推し活が家族のコミュニケーションを変えた
推し活っていうと、とかく「個人の趣味」として捉えられがちです。でも、私の場合は、T-ARAの推し活が家族との会話を増やしてくれた、と言っても過言ではありません。特に両親とは、思春期以降あまり話さなくなっていた時期もあったのに、T-ARAの話をするときだけは、妙に会話が弾むんです。
母との「動画鑑賞会」という名の時間
母は韓国語が全くわからないのに、なぜかT-ARAの日本語版MVと韓国語版MVの違いに興味を持ち始めました。「日本語版の方が歌いやすいね」とか「こっちの振り付けの方がかっこいい」とか、そんな感想を言い合えるのが楽しくて、気づけば母とのLINEのやり取りの半分はT-ARAの話題になっています。
ある日、母が「この前、スーパーで『Sexy Love』が流れてて、なんか嬉しくなっちゃった」と報告してくれたんです。そのとき、私は「推し活って、一人で盛り上がるものじゃないんだな」と心から思いました。母の中でT-ARAが“私の好きなもの”から“自分も馴染みのある音楽”に変わった瞬間でした。
父の「推し活支援」という名の愛情表現
父はというと、相変わらず不器用です。でも、出張先で韓国系のスーパーを見つけると、T-ARAのポスターやグッズがないか探してくれるようになりました。先日も、韓国のコンビニで売っているT-ARAの限定パッケージのお菓子を見つけて、わざわざ送ってきてくれました。
「お土産だ」と言いながら渡してくれた袋の中には、お菓子と一緒に「また家族で旅行行こうな」というメモが入っていました。T-ARAの楽曲が、父の照れ屋な愛情表現のツールになっている。そう思うと、ちょっと笑えて、そしてじんわりと温かい気持ちになりました。
12年という時間が教えてくれたこと
12年間、T-ARAを推し続けてきて、彼女たちの活動形態も、メンバーの状況も、もちろん私自身の環境も大きく変わりました。最初は「推し」という存在が自分にとって特別な意味を持つとは思っていませんでしたが、今ではT-ARAの楽曲は、私の人生の「家族の章」を彩るサウンドトラックになっています。
「推し」から「家族の共通言語」へ
気がつけば、T-ARAの曲は私だけのものではなく、家族の共通言語になっていました。実家に帰ると、母が「新しい曲出てるの?」と聞いてきますし、父は「あの曲、まだ車で流していい?」と確認してきます。もはや私の推し活は、家族みんなの文化活動と化しているんです。
この変化は、私が意図して作ったものではありません。ただ、私がT-ARAのことを楽しそうに話す姿を見て、家族が興味を持ってくれた。そして、その興味が少しずつ育って、今のような形になった。推し活って、もしかしたら「好き」を共有することで、家族との絆を深めるツールにもなり得るんだな、と実感しています。
新しい家族の思い出を作るための「T-ARA」
最近では、将来もし私に子どもができたら、T-ARAの楽曲を聴かせてあげたいな、と考えることもあります。もちろん、彼らが興味を持つかどうかはわかりません。でも、私の両親がそうだったように、子どもの「好き」に寄り添ってくれる家族でありたいと思います。
推し活12年目の今、伝えたいこと
もし、今まさに推し活をしていて「家族に理解してもらえない」と感じている人がいたら、あまり焦らなくても大丈夫だよ、と伝えたいです。私も最初は「また韓国のアイドル見てるの?」と言われることもありました。でも、あきらめずに自分の「好き」を語り続けていたら、いつの間にか家族もその世界に足を踏み入れていました。
推し活は、孤独な趣味ではありません。むしろ、その「好き」という気持ちを共有できたとき、最高のコミュニケーションツールになるんです。T-ARAというグループは、私にとって音楽以上の存在で、家族と私をつなぐ架け橋のような存在になりました。
これからも、T-ARAの新曲を家族と一緒に聴いて、新しい思い出を重ねていきたいと思います。そして、いつか両親と一緒に、韓国でT-ARAのライブを見ることができたら、それが私の次の夢です。推し活12年、まだまだ終わりません。