再生回数が「週4回」で止まった日
T-ARAの曲をシャッフルで聴いていたはずが、気づけば同じ3曲ばかりをループしていて、ライブラリの残りは再生されないまま1年が過ぎていた。そこで「3曲に1曲は必ず当たり(お気に入りの曲)が来る」というルールを自分に課してみたところ、再生回数は伸びるどころか週4回でぴたりと止まった。なぜ「ご褒美の設計」をしたのに、聴く頻度が下がってしまったのか——これは、行動心理学でいう変動比率強化と損失回避が、アイドルソングの再生という地味な行動のなかで起きた、小さな実験の記録だ。
「当たり」を確定させたら、なぜか飽きた
3曲に1曲ルールの中身
まず、実際にやったことを書いておく。T-ARAの楽曲は日本語盤・韓国語盤を合わせるとかなりの数になる。2010年前後の「Bo Peep Bo Peep」「Roly-Poly」「Lovey-Dovey」あたりから、後年の「Sugar Free」「Number Nine」、日本オリジナルのバラードまで、プレイリストは100曲を超えていた。
そこに、こんなルールを足した。
- 再生はシャッフルではなく、自分で3曲を選ぶ
- そのうち必ず1曲は「大好きな曲」を入れる
- 残り2曲は、久しぶりに聴く曲や、あまり再生していない曲から選ぶ
- 1セット(3曲)を聴き終えたら、次のセットへ
つまり「3回に1回は確実に報酬が来る」という、報酬スケジュールとしてはかなり甘い設計だ。宝くじ的にたまに当たるのではなく、必ず当たる。これなら聴く回数は増えるはずだと思っていた。
結果は逆だった
1週目は調子がよかった。セットを組むのが楽しくて、1日2〜3セット聴いた。ところが2週目に入ると、セットを組むこと自体が面倒になり始める。「大好きな曲」は決まっているから、選ぶ楽しみがない。残り2曲は「聴かなくても別に困らない曲」で、正直なところ集中力が続かない。
そして3週目の終わり、再生履歴を見て驚いた。1週間の再生回数が4回。1日1回にも満たない。しかもその4回は、ほぼ「当たり」の曲だけを単発で再生したものだった。ルールを守って3曲セットで聴いたのは、その週は1回もなかった。
「3曲に1曲当たり」という設計は、報酬の頻度を上げたのに、行動の頻度を下げた。ここから先は、なぜそうなったのかを行動心理学の言葉で考えてみたい。
変動比率強化——「たまに当たる」が最強で、「必ず当たる」は最弱
スキナーの箱と、アイドルソングの相性
B.F.スキナーのオペラント条件づけの実験は、行動分析の教科書に必ず出てくる。ラットがレバーを押すと餌が出る。このとき、餌の出し方(強化スケジュール)を変えると、レバーを押す頻度が大きく変わる。
代表的なのは4つだ。
- 固定比率(FR): 決まった回数押すと餌。押すのをやめると、次は押さないと出ないと分かっているので、休みながら押す
- 固定間隔(FI): 決まった時間ごとに餌。時間が来るまで押しても無駄なので、直前だけ集中する
- 変動比率(VR): 平均N回で餌。いつ出るか分からないので、押し続ける
- 変動間隔(VI): 平均N分で餌。だらだらと一定ペースで押す
そして、反応率が最も高く、消去(やめること)に最も抵抗するのが変動比率だ。スロットやソーシャルメディアの通知がこのスケジュールで動いていることは、よく知られている。
T-ARAの曲を「シャッフルで聴く」という行為は、実はこの変動比率に近い。次の曲が何か分からない。大好きな「Roly-Poly」が来るかもしれないし、あまり聴き込んでいない曲が来るかもしれない。当たり外れの予測不能性が、聴き続ける動機になっていた。
「必ず当たる」は、予測可能すぎる
ところが、私が組んだ「3曲に1曲は必ず当たり」というルールは、固定比率(FR3)に近い。3曲聴けば必ず報酬が来ると分かっている。すると脳は、報酬を「もう手に入ったもの」として扱い始める。
ここで効いてくるのが、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが示したプロスペクト理論、とくに損失回避だ。人は同じ大きさの得よりも、損を約2倍強く感じる。3曲セットを組むとき、私は無意識にこう計算していた。
「大好きな曲1曲のために、興味の薄い2曲を聴く時間を払う」
これは、確定した報酬を得るために、確定したコストを払うという取引になる。変動比率のときは、コスト(知らない曲を聴くこと)が不確実で、報酬も不確実だった。両方が不確実だと、人は「次こそ当たるかもしれない」と期待し続ける。だが片方が確定した瞬間、それはただの割の悪い労働に変わる。
3曲に1曲当たり、というのは一見お得だが、損失回避のフィルターを通すと「2曲分の我慢」という損失がくっきり見えてしまう。これが、再生回数が週4回で止まった第一の理由だ。
「選ぶ」という行為が、報酬を消費に変えた
自己決定感は、ときに毒になる
自己決定理論で知られるエドワード・デシとリチャード・ライアンの研究は、「自律性・有能感・関係性」が内発的動機を支えると説く。自分で選べることは、基本的には動機を高める。
しかし、私の3曲セットには選ぶ余地がなかった。「大好きな曲」は固定。残り2曲は「あまり聴いていない曲」という制約つき。選択肢があるように見えて、実質は指示に従っているだけだった。
デシの実験に、こんなものがある。大学生にパズルを解かせる。片方の群には報酬を与え、もう片方には与えない。自由時間になったとき、報酬をもらった群のほうがパズルで遊ばなくなる。これが「アンダーマイニング効果」だ。外からの報酬が、内発的な興味を置き換えてしまう。
私の場合、外から課したルールが「報酬」として機能し、T-ARAの曲を聴くこと自体の楽しさを、義務に置き換えてしまった。3曲セットを組むという行為は、聴くことからタスクを消化することへと意味を変えた。タスクは、終わらせれば消える。だから週4回まで落ちた。
「当たり」だけを単発で聴くようになった理由
面白いのは、ルールを守らなくなったあとの行動だ。私はセットを組むのをやめ、大好きな曲だけを単発で再生するようになった。週4回という数字は、その名残だ。
これは、報酬の即時性を求めた結果だと解釈できる。セットを組むと、当たりにたどり着くまでに2曲分の遅延が生じる。遅延のある報酬は、主観的な価値が割り引かれる(双曲割引)。ならば、遅延をゼロにして、当たりだけを直接取ればいい。合理的といえば合理的だが、結果として聴く曲の幅は狭まり、総再生時間も減った。
「3曲に1曲」という設計は、報酬の頻度を上げたが、報酬までの遅延も固定した。そして遅延が固定されると、人はそれを回避する道を探す。これが第二の理由だ。
T-ARAの曲は、そもそも「外れ」が少ない
12年目に気づいたこと
ここで、ニッチな話を一つ。T-ARAのディスコグラフィは、2010年代のK-POPガールズグループのなかでも、曲の当たり外れが小さいことで知られる。シンガーソングライターの新沙洞老虎(シン・サドンホラ)が手がけた「Bo Peep Bo Peep」「Roly-Poly」「Lovey-Dovey」は、いずれも耳に残るサビと、一定のテンポ感を持っている。日本盤の「Target」「Bunny Style!」あたりも、聴き返すと当時の空気ごと蘇る。
つまり、私が「外れ」だと思っていた曲は、実際には外れではなかった。聴き込んでいないだけだった。3曲セットのルールは、「大好きな曲」と「それ以外」という二分法を、私の頭の中に無理やり作った。だがT-ARAの曲は、そもそも二分できるような作りになっていない。
12年目にして、ようやくそのことに気づいた。週4回で止まったのは、T-ARAの曲がつまらなかったからではない。私が曲を「報酬」と「コスト」に分類する装置を、自分で作ってしまったからだ。
では、どう聴き直すか
ルールを「ゆるい変動比率」に戻す
ここからは、実際に試している聴き方の話だ。結論から書くと、ルールを減らして、不確実性を戻すのが効いた。
いまはこんなふうにしている。
- シャッフルは使うが、プレイリストを週ごとに変える。先週聴かなかった曲を優先的に混ぜる
- 「3曲に1曲」のような確定ルールは置かない
- 当たりが来るかどうかは、その日の気分とシャッフルに任せる
- 1セットの区切りも決めない。気が向いたら止める
要するに、変動比率に近い状態に戻した。いつ「Roly-Poly」が来るか分からない。来ない日もある。その不確実性が、再生ボタンを押す回数を自然に増やした。1週間の再生回数は、いまは20回前後で安定している。週4回のときの5倍だ。
研究が示す「不確実性の快」を、日常に小さく使う
神経科学の世界では、報酬が予測できないときに、側坐核や腹側被蓋野のドーパミン反応が大きくなることが知られている。ウルフラム・シュルツのサルの実験では、報酬が予測を上回ったときにドーパミン神経が強く発火し、予測どおりだと発火が小さくなる。つまり、当たりが確定していると、脳はあまり喜ばない。
これは、ギャンブルやSNSの設計に使われている原理だが、使い方はそれだけではない。音楽の聴き方、散歩のルート、昼食の店選び——日常の小さな選択に、ほどよい不確実性を残すことで、行動の頻度は上げられる。大事なのは、不確実性を自分でコントロールできる範囲に収めることだ。全部ランダムにすると疲れる。週単位でプレイリストを入れ替える、程度がちょうどいい。
12年目のT-ARAを、もう一度「未知」に戻す
T-ARAは2017年以降、メンバーの脱退やグループ体制の変化を経て、完全体での活動は限られている。だからこそ、12年分の音源をあえて順番を固定せずに聴き返す価値がある。当時はスルーしていた曲に、いまの耳で引っかかるフレーズがあったりする。「Why Are You Being Like This」のイントロ、「Cry Cry」のサビ前、日本盤の「Do You Know Me?」の静かな出だし。これらは、3曲セットの「コスト枠」に入れていたら、たぶん永遠に聴き返さなかった。
再生回数が週4回で止まったのは、失敗というより発見だった。報酬を確定させると、行動は減る。不確実性を残すと、行動は続く。これは、アイドルソングの再生という、なんの変哲もない行為のなかで、スキナーやカーネマンが言っていたことが、そのまま起きたという話だ。
次の1週間は、どの曲が来るか分からない状態でシャッフルを押してみる。当たりが来たら、それは「3曲に1曲」の確定報酬ではなく、ただの偶然になる。偶然のほうが、たぶん長く続く。